清輝楼日記:丹後半島宮津/天橋立の文人墨客の宿
京都府北部丹後半島・宮津/天橋立の老舗旅館清輝楼主人の徒然日記。元禄年間創業の宿は「小さなちいさな美術館」として文人墨客の作品を多数展示。歴史・まち歩き情報など丹後宮津/天橋立の魅力を紹介!
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明治中期の吹きガラス法のガラス・ふぉと五七五
富山大学の市瀬教授にご宿泊頂きました。清輝楼には古い波うつ窓ガラスがあるのですが、それについて教授よりご指導頂きました。

吹きガラス法:①先ず人が吹いて大きな玉をつくる。
         ②それを冷たいところでころがして、平らな板ガラスにする。
         ③それをカットして窓ガラスをつくった。
      
       上記の製法では独特の気泡や波ができる。特にこの技法を島津斉彬候が創設したので、明治前期はこの技法が残っていた。

ローラー式:①大量生産を目的にローラーの間にガラスを通し平らにする方法
        ②この技法は明治後期から始まった。
        ③本当は文明開化以降、すぐにこの製法が導入されても良いところが、上記の島津斉彬候の影響で吹きガラス法が残っていた。

清輝楼に遺っているガラスは「後期 吹きガラス法、時代的には明治中期頃」によるものだと教授は指摘されます。

割れてしまい現代のものに変わっているところもありますが、よくぞ明治の製法が現在でも鑑賞できるとは素晴らしいですね。


最後に教授の読まれた歌をご紹介します。★の句は「ふぉと五七五」をつくって下さいました。

★萩分けて清輝楼を今見つけたり

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君待てる部屋にも射りぬ秋の月

名月やふすまの文字を読み継ぐ

凸凹(でこぼこ)の窓ガラスにも秋の月


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ドイツからのお客様
ドイツからお越しいただきました。
ドイツとは縁が深く、明治の終わり頃にベルンハルト・ケラーマンという作家さんが宮津に長逗留されて作品を書かれました。その作品に影響を受けたエリザイトというドイツの作家さんが昭和50年代にまた長逗留されて、そのケラーマンの足跡を訪ねる作品を書かれました。
いつもドイツの方が見えるとその本をお見せします。

私もドイツ語が出来るようになれればな~といつも思っています。


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鳴嶋英雄様 日本列島縦断ソロラン
鳴嶋英雄様にお泊まり頂きました。鳴嶋様は初夏に北海道から大分まで日本縦断され、そのドキュメント映画を撮影された田中千世子監督がその折りに清輝楼に泊まられていました。

今回鳴嶋様はその時のコースを今度はカメラなしで一人で自由に走りたい、と再度チャレンジされているのです。

私は田中監督から映画の主旨などは伺っていましたが、今回お泊まりになった鳴嶋様はたまたまそのコース途中で清輝楼に泊まられたということで、あまりの偶然にびっくりです。

いきいきとして、颯爽と自転車でご出発されましたが、若い私もその前向きな姿勢を見習わなければ、と感銘を受けました。


鳴嶋様の日本列島縦断ソロランのブログ

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