清輝楼日記:丹後半島宮津/天橋立の文人墨客の宿
京都府北部丹後半島・宮津/天橋立の老舗旅館清輝楼主人の徒然日記。元禄年間創業の宿は「小さなちいさな美術館」として文人墨客の作品を多数展示。歴史・まち歩き情報など丹後宮津/天橋立の魅力を紹介!
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かに漁解禁!京都は世界一の漁場
昨日11/10はカニ漁解禁に合わせて、京都府農林水産技術センター海洋センターの主任研究員 山淳先生のお話しがありました。先生は当地ではカニ博士で有名な篠田先生(先年御逝去)と永年カニの研究に携わってこられました。


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まさにプロジェクトXのようなお話しで、戦後、乱漁や混漁で激減してしまった、松葉かに漁をいかにして復活してこられたか、というストーリーでした。

研究者と漁業者がいかに協力してこられたかというのが印象的でしたが、中でも最後の画像にあります海洋管理協議会(MSC—Marine Stewardship Council)の認証をアジアで初めて、京都府の漁場が受けられたという話です。わかりやすく言うとISOの魚版みたいなものでしょうか。世界でもまだ数少なく、アジアでは京都府が初めてだそうです!!

今ひとつは雌かに(こっぺがに)を捕るのは日本だけだそうで、こっぺがにが大好きな私としては、国際的な認証を受けた漁場で世界で唯一こっぺがにを食べられるのは京都府だけなのだということが大変うれしかったです。

そんなこんなで京都府は世界一の漁場と言っても過言ではないですね!


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きざはし会展2009を終えて
平成21年10月27日(火)から11月1日(日)まで開催の「きざはし会展」を無事に終わりました。多くの皆さんにお越し頂いて本当にありがとうございました。

この「きざはし会展」の意義を私はこのように考えます。

①京都北部には上質な美術館が少なく、今回展示したような作品は普段目にすることが出来ないため、地域の皆さんの文化力向上に貢献している。

②期間中、作家さんが常駐しているため気軽に作品の手法などを尋ねることができる。今回は実現出来ませんでしたが各学校の生徒さんが見学するのには打って付けだと思います。作家さんとのふれあいは将来ある子ども達には有益なことだと思います。

③平成23年には国民文化祭が京都府で開催されます。言うなれば国体(国民体育大会)の文化祭版です。この「きざはし会展」も国民文化祭の後援をいただいています。2年後の展開が楽しみです。

④清輝楼は来年、登録文化財の認可が下りる予定です。この「小さなちいさな美術館」での開催にまた一つ付加価値をつけていただきます。先日、天橋立で丹後物狂の能が復曲上演されましたが、こういった取り組みが天橋立の世界遺産登録に大きな足がかりとなります。当地の歴史的文化を背景に「きざはし会展」を開催することも、世界遺産登録への契機になると考えます。

⑤文化文政年間(約200年前)以降、宮津には京絵師が多く逗留しました。その足跡として代表的な物が智源寺(清輝楼から徒歩10分)にある20人の京絵師による天井画です。これは流派を超えた合作で大変貴重なものです。このような歴史的事実も宮津市民の間でも一部の人しか知らないのが現状です。昨年、天橋立観光協会がその事実を市民に知らしめるべく「百花繚乱展」を開催しました。智源寺の京絵師の多くが清輝楼とつながりをもった方々でした。今回の「きざはし会展」で作家さんたちが宮津に逗留するのは、そういった京絵師の踏襲であり、宮津の歴史や文化風土に根差したものなのだと思います。

上記のように仰々しく書くと構えるかも知れませんが、モノをつくる方々と交わるのは本当に楽しいです。和気あいあいと作家さんとのふれあいができる「きざはし会展」に来年も是非お越し下さいね。

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清輝楼の財産である「画帳」に一筆いただきました。画帳とは簡単にいうとサイン帳のようなものですね。近衛家の秘宝展で勉強しましたが、平安時代からすでにこのスタイルが出来ていたようです。清輝楼には江戸時代からの文人達の足跡がこの画帳に遺されていますが、今画像にあるのはその平成版です。過去の文人達には書を遺す方、顔料を使って絵を画く方、はたまた宴席での即興の歌を遺す方(吉井勇はこのタイプ)といろいろあって大変興味深いです。今回先生方は大層な画を画くことを遠慮なさっていましたが、「きざはし会」の名前の由来である天橋立の画の下に署名していただきました。欠席のお二方の署名はありませんが全員で13名の作家さんの参加でした。

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七宝焼きワークショップ
今日11月1日は加藤忠雄先生・柴田良三先生・細見巧先生による七宝焼きのワークショップがありました。

みなさんが自分だけのアクセサリーをつくることができます。

最初に説明を聞きます。

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好きな形を選びます。

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たくさんの色がありますが、これをどう組み合わせるかが腕の見せ所。

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それぞれデザインしたものを焼いてもらいます。

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中は熱そうです。

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焼き上がりました。これがまた焼く前と後とでは印象が違うのです。

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完成!自分だけのアクセサリー!

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きざはし会展 柴田良三先生
柴田良三(しばた りょうぞう)先生(磁)

1952年 京都市に生まれる
1978年 京都市立芸術大学陶磁器専攻科修了
1979年 出石磁器トリエンナーレ佳作賞
1997年 京都美術工芸展優秀賞
1999年 京都工芸美術作家協会京都府知事賞
2002年 染付公募展瀬戸染付奨励賞
2005年 現代美術展‘2005’渋谷和子・柴田良三2人展(守山市民ホール)
2005年 文化庁海外研修員(アメリカミシガン大学)
2006年 オーストラリア・アーティスト・イン・レジデンス(キャンベラ)
2008年 京都工芸ビエンナーレ招待出品
      日本工芸会正会員・京都工芸美術作家協会会員


今回は柴田先生に何故、この道に入られたのかを伺ってみました。

「京都市立芸大の工芸コースに入学すると、まず染織・木工・陶芸の3コースの基礎を学びます。その後専門の分野に進むのですが、自分は陶芸コースに進みました。何故そうしたのかと、今振返ってみれば、陶磁器の先生が大変人間的に魅力のある方だったことと、今ひとつは一緒に「釜をつくる」という作業が団体競技のスポーツのような感覚があって、そこに大変惹かれていったことがきっかけだったと思います。」とお話し下さいました。

柴田先生のご実家は友禅染めの染屋さんだそうです。なので子供の頃から染めの世界が当たり前の環境だったのですが、染織に進まず先生は陶磁器の道に進まれました。先生曰くは「自分は職業は何かと言われれば、陶芸家になるわけですが感覚としては、染め物をやっている感覚の方が強いのです。例えていうなら布のかわりに磁器があり、それに染め付けをしているような感覚でしょうか」と言われます。

今回は画像に掲載していませんが、波が打つような形の作品を先生は得意とされています。陶磁器の世界では珍しいスタイルなのですが、これは実はハンモックで吊り下げてされるという独自の技法を使われます。このスタイルが実は、ご実家の友禅染の原風景が、陶磁器に投影されていったのだろうと、先生は振り返られます。

 「陶磁器に染め物をしている」というお話しが大変印象的であり、先生の原点をかいま見させていただいたような気がします。

 今回出展の作品はデザインを新たにされたものです。「ずっと暖めていたものを今回は形にしました。」と言われますが、常に昨日までの自分を超える努力をなさっている姿は作家魂ここにみたり、ですね。



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「大鉢」

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「花瓶」

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「花瓶」

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「菓子鉢」

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奥が「香炉」

手前が「蓋物」

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「茶碗」

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「注器」

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